午後10時。

私と母は、病院の緊急外来のいすに座っていた。

かたわらで父が「まだか、苦しい、苦しい」と外来の長いいすに横
たわっている。

夕食の後片付けがすみ、私はやっと解放された気分で風呂に入って
髪を洗っていた。

風呂から出てくると「おとうさん、息苦しいから病院に行きたいん

だって。今、用意したらすぐ行くから」

母が眉間にしわを寄せて私に言ってきた。

「えっ、すぐ行くの?」

風呂場でいくらか拭いて出てきたといいえ、髪の毛はびしょびしょで

まだしずくが落ちるほどだった。

私はそれを急いで手でなでつけながら、着替えをする。

心臓はバクバクと激しく打つ。

父の病気がよくないようになってから、サッと出かけられるようにと

いつもバッグの中は必要な物を入れておいた。

急いで通りまで行き、タクシーを待つがなかなか来ない。

やっと来たタクシーに乗って、家まで行き父と母を乗せ病院の救急

外来に着いた。

夜の9時を過ぎていた。

来院メモを渡すと、「きょうはちょうど当直がI先生ですが、今、

緊急で内視鏡検査をしているので、ちょっとお待ちください」と言う。

I先生は、父の主治医だ。よかった。

父のそのことを告げると「うんうん」とうなずいた。

しかし、1時間たっても先生は来なかった。

父は、「苦しい、痛い」というので、母と二人で背中をさすったり

しながら待った。

その間にも救急車が2回来て、運び込まれるお年より。

黄疸のようで、顔が黄色くなったおばあさんの顔が見えた。

私は見てはいけないものを見た思いがし、処置室へ背をむけた。

「血圧が70を切っていますので・・・」とつきそってきた家族に
説明をしている。

あぁ・・・、どこの誰だかわからないが、もう旅立たれるのだろうか。

人ごとながら、胸に何かが突き刺さる。私はソファーに座りながら、

大きく息をついて下を向いた。

次に運ばれてきたのが、またおばあさんだった。こちらは、高熱だと
いう。

そのほか、救急車ではないが足を怪我したという若い女性、高熱が

あるという女性・・・。

これ以上、人の苦しみを見るのも聞くのもいやだ。

父が、この中で一番にここに来たのに、結局救急車で来た人が優先

されることを知る。

誰だって、自分の家族を助けたいんだ。

誰だって、病人の体を一刻も楽にしてやりたいんだ。

怒りに近い感情に、早く診てくださいといった懇願が混ざるが、

そんな感情を持って行く場はない。

これが、赤ちゃんや子供だったら、どうなのだろう。

「腰が痛い」という父の腰を私は懸命にもみ、母は父の背中を

さすっていた。

もう、ソファーで待って1時間半もたっていた。

やっと主治医が来て、父と母は処置室に入って行った。

出てくると私たち3人の前で主治医は言った。

「胸の痛みは胸水がたまっているのと、お腹の張りは腹水ですので

入院してそれを取りましょう。もう抗癌剤をやめましょう。

今からCTを取りますね」

もう11時近かった。

父は、以前によく言っていた。

「腹水がたまったら、もうおしまいだよ」

あぁ、ついにきたのか・・・。愕然とした。

そして、11時過ぎ、急なので4人部屋しかあいていないということだ

が、今そんなことはどうでもよかった。

早く、父の呼吸と胸の痛みをとってやってください。

そして、11時半過ぎ家路に着いた。

私は父の事もとても心配なのだけど、私は母の体も心配でならな

かった。

こんなストレス、高血圧症の母にはつらいだろう、と思うと気が

休まらなかった。

ここ4、5日は、特に私や母の疲労は頂点に達していた。

ご飯の支度をしていても、父に呼ばれ背中や足をさすったり・・・。

夜中にインターフォンで呼ばれたり・・・。

父は娘の私より、やはり母にやってもらいたがった。

「入院してもらったほうが、安心なのよ。酸素吸入だってすぐやって

もらえるし、ホッとしたわ」母は、少し安堵したようだった。

帰り道、髪の毛に手をやるといつの間にか乾いていた。

長かった2時間余り・・・。

コメント

ria’
ria’
2006年9月3日14:54

大変な二時間でしたね><。
とても苦しそうなお父様が伺えて胸がいたかったり。
たしかに、みんな「自分の家族を助けたい」気持ちでいっぱいですよね…。
いろんな気持ちが集まるところが病院。

なにより、お父様の体が早くよくなりますように、お母様の心の負担、あかりさんの負担も少なくなっていきますようにお祈りしております><

あかり
あかり
2006年9月3日22:41

ria’さん、コメントありがとうございます。
「いろんな気持ちが集まるところが病院」ほんとうにそうですね。
赤ちゃんを産む人もいるし、お年よりもいるし・・・。
そこには、喜びと悲しみが常にあります。
病院に行くたびに、健康である事がいかに素晴らしい事かと、日頃愚痴ばかり言っている自分を反省しています。

ria’
ria’
2006年9月3日23:01

わたしもいろんな怪我や病気をやったり死にかけたこともあるので、健康は宝だと身にしみております。
現在、軽い喘息にかかってしまったこともありますし
なにより今気にしているのは歯の将来ですね。
あと40年後自分の歯でいられるのか、など不安もあります。
今できることは、今しておかないとって思えたり。

あかり
あかり
2006年9月7日21:48

喘息ですか・・・。苦しいでしょうね・・・。
どうぞ、一日も早く治りますようお祈りいたします。
私も持病を持っていますので、元気なうちにやっておかなければ、と思うことが度々あります。
予定を入れるとき、当日は大丈夫だろうかと心配してしまいます。

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