お礼とご挨拶

2004年3月14日
ややややや、なんかメールやレスなどで温かい言葉を頂き、
ありがとうございました。

父のことは、もう3年前に本人も含めて聞かされていたのです。

この事は、誰にも話さずにいこうと思っていたのですが、12日に父の
一文を見て、初めて心の奥底にある慟哭を聴いた思いがしました。

最初のインフォームドコンセトがあった時ですら、病気に対する
恐れや悲しみをみじんも見せなかった父だったのですが、
やはり眠れない夜もあったのでしょう。

そんな事を知った1日でした。

そのあと、私は体の一部がいつまでも緊張しているようで、空腹感はあるけれど食べられないといった状態になりましたが、今はもう
大丈夫です。

ひとりで受け止めるには、重かったのでしょうか。

鬱とかいった感じはないのです。

父の問題も含みますが、私自身の事を考えたりもしました。

今まで、苦悩することを不快に思って投げておいたさまざまな問題を
真剣に見つめ、さっさと行動に起こさなければならない時期に
さしかかったんだとつくづく思い知らされました。

でも、何から始めたらいいのか、わらかないでいます。

母も守らなければなりません。

親がいなくなったあと、私はひとりでどう生きていくのだろうなど、今まで放りっ放しにしてきた問題が山積しています。

そんな思いをもしかしたら、文字にして吐き出してしまえば
楽になれるかなと思ったのです。

そして、日記に書きました。

書いている間も、こんなものを読んだ人にも、自分と同様に
重いものを抱え込ませるのではないかと、キーを打つ指先を
止めようとする自分もありました。

でも、書き終わった時、少し楽になれたのです。

父の書いた一文と絵は秘密のままですが、2週間後には家族を
まじえてインフォームドコンセントがあります。

その時に、12日に聞かされた内容をさらに詳しく家族とともに聞かなければなりません。

前回は母に甘え、私は出席しませんでしたが、今回は逃げずに参加しようと思っています。

今、一番に伝えなければならない事は、
“父は余命あと何年と言われたわけではない“
ということです。

今は治療方法が複数あるので、これがだめなら、次にはこれ、というふうに希望の持てる将来があります。

若い年齢ではないので、病気自体は進まずにいてくれています。

そして、なにより、父自身が生きることへの希望を強く抱いているのが
私たち家族にとっての励みとなっています。

小康状態ながらも、まだまだいろいろ動けています。

日記を読んで、一緒に胸を痛めてくださった方々にお礼を申し上げます。
ご心配をおかけしました。

日記には、日常の些細なことでも嘆き悲しむ姿をさらすかもしれませんが、思うままを素直に綴っていければ、と思っています。

父のことはどうぞ他事ながら、ご休心ください。

ただただ長いだけの文ですが、また懲りずに、時間つぶしにでも
読んでくだされば嬉しいです。

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